
中小企業にとって事業承継は、企業の存続をかけた重要なプロセスです。後継者の選定や育成、法務・税務など、多くの課題が絡む中、どのようにしてスムーズに引き継ぎを進めればよいのかを理解することは、経営者にとっての大きな課題です。本記事では、事業承継に向けた具体的な対策を法務や税務の視点からも掘り下げ、成功するために必要なステップを詳述します。ぜひ、未来を見据えた事業承継の準備に役立ててください。
事業承継の重要性:なぜ早期対策が必要なのか
事業承継の意義と中小企業における課題
事業承継の意義は、単なる経営者交代ではなく、企業の継続性を確保し、次世代に向けて企業の価値を維持・向上させることにあります。特に中小企業においては、経営者個人の能力や人脈が企業の競争力を左右することが大いにあるため、経営者の退任が企業に及ぼす影響は非常に大きいものとなります。
例えば、顧客との長年の信頼関係が途切れてしまうことによる売上の減少や、経営者の持つ技術的ノウハウが失われるリスクがあります。また、従業員のモチベーションの低下や、重要な人材の離職といった問題も引き起こされる可能性があります。こうした問題に対処するためには、事業承継の準備を早期から計画的に進めることが不可欠です。
早期に対策を始めるべき理由
事業承継に必要な準備は多岐にわたり、各ステップに長い時間が必要です。そのため、事業承継における失敗リスクを減らすためには、少なくとも5年から10年の時間をかけて計画を立てることが理想的です。
法務面では、株式や資産の移転に伴う手続きや契約の見直しが必要です。例えば、後継者がスムーズに株式を取得できるようにするために、株主間契約の再整備を行うことが求められます。また、信託の活用など、企業財産をどのように管理し、誰に引き継がせるかについて、法律上の対策を行うことも考えられます。
税務面では、相続税や贈与税の納税資金の検討、準備が必要です。事業承継時の税負担が大きくなると、経営の継続が困難になる場合があるため、事業承継税制を活用するなどの計画を立てる必要があります。また、事前に資産評価を行い、適切な評価額を設定して税負担を軽減する対策も有効です。
後継者の育成についても、企業の全体像を理解させるために、経営全般に関する幅広い知識と経験を身に付ける必要があります。このプロセスには、少なくとも数年間をかけることが求められます。後継者が経営に関わることで企業全体の流れを理解し、従業員や取引先との関係を築く時間を確保することが肝要です。
後継者の選定と育成:失敗しない後継者育成のためのポイント
2.1 後継者選定の基準と考え方
後継者選定は、企業の将来を左右する重要な決定です。後継者には、企業のビジョンを理解し、それを引き継ぐだけでなく、自らのビジョンを持って企業を発展させることが求められます。後継者の選定においては、以下のような基準を考慮することが必要です。
・企業文化と価値観の共有
企業の価値観やビジョンを理解し、それを尊重できるかどうか。
・経営スキルと意思決定力
経営判断を行うためのスキルと、難しい状況でも決断できる意思決定力が備わっているか。
・人間関係構築の能力
従業員や取引先との良好な関係を築けるコミュニケーション力とリーダーシップを持っているか。
例えば、家族内での後継者選定の場合、感情的な問題が絡みやすく、適切な判断が難しいことがあります。このような場合には、第三者機関による評価や、社内幹部の意見を参考にすることが有効です。また、親族外の幹部社員を後継者に選ぶ場合、その候補者のモチベーションを維持するために、ストックオプションの付与や役員契約を結ぶことも考えられます。
後継者育成の具体的なステップ
後継者育成は段階的かつ計画的に行うべきです。以下に、後継者育成の具体的なステップを示します。
部門別ローテーション研修
後継者候補をさまざまな部門に配置し、それぞれの業務を経験させます。これにより、企業全体の運営に対する理解を深め、各部門が企業にとってどのような役割を果たしているかを把握させることが可能です。例えば営業部門での経験は、顧客との関係を構築するスキルを育て、製造部門での経験は、製品やサービスの品質管理の重要性を学ばせることができます。管理部門での経験は、財務や人事に関するスキルを磨くことも可能です。
経営幹部としての役割を与える
後継者候補に経営幹部としての役割を与え、経営判断を行う機会を提供します。このプロセスでは、経営に必要な判断力やリーダーシップを養うことができます。例えば、経営会議に参加させ、実際のビジネスに関わる重要な決定を行うことで、経営者としての視点を育てます。
外部研修や他企業での経験
外部のビジネススクールでの研修や、他企業での勤務経験を積ませることも有効です。これにより、外部の視点から自社の経営を見つめ直し、企業に新たなアイデアや戦略をもたらすことが期待されます。また、異なる企業文化での経験は、リーダーシップの幅を広げ、柔軟な思考を育むための助けとなります。
メンターシップの導入
前経営者が後継者のメンターとなり、経営に関するアドバイスや支援を行う体制を整えます。特に事業承継直後は、経営の判断が難しい場面が多く発生するため、前経営者の経験を生かすことでリスクを最小化できます。
育成における法的・契約上の留意点
後継者の育成には法的な観点も重要です。例えば、後継者が経営に関わる際には、取締役会の承認が必要となる場合があるため、これに伴う手続きを事前に整えておく必要があります。また、後継者候補が経営のノウハウや重要な取引先情報にアクセスすることを考慮し、競業避止義務契約を結ぶことも有効です。この契約により、後継者候補が企業情報を外部に持ち出し、競合企業で利用するリスクを防ぐことができます。また、後継者が将来の経営者としての権利を確保するために、株式譲渡契約などの法的手続きをあらかじめ準備し、後継者の地位を強固なものにすることが求められます。
相続対策としての生前贈与も法的な観点から重要です。相続税より低い範囲内において贈与税を支払うことで、生前に税負担を平準化することができ、将来の経営承継時に後継者にかかる、税務的に過度な負担を軽減することができます。例えば、年間110万円の贈与税の非課税枠を活用して少額ずつ贈与を進めたり、後継者が必要とする資産の一部を法人名義に移したりすることで、税負担の最適化を図ることができます。
経営資源の可視化と最適化:企業価値の最大化を図るために

経営資源の把握と整理
企業の経営資源を把握し、可視化することは事業承継をスムーズに進めるための基盤です。経営資源には、財務資源(資産・負債)だけでなく、人材資源や技術的ノウハウ、顧客との関係性など、非財務資産も含まれます。以下に、具体的な対策を示します。
財務資産と負債の整理
まず、企業の財務諸表を最新の状態に保ち、企業の資産・負債を明確にすることが重要です。これは、後継者が経営の現状を正確に把握するために欠かせません。特に経営者個人と企業の資産が混同されている場合には、適切に分離し、企業の財務状況を透明にすることが求められます。
例えば、経営者の個人的な不動産や金融資産が企業の財務に影響を与えている場合、これを企業資産から分離し、個人資産として独立管理することで、後継者が引き継ぐ際の資産管理を容易にします。
非財務資産の評価と管理
企業のブランド価値や技術的ノウハウ、顧客基盤などの非財務資産も事業承継において重要です。これらの資産の価値を定量化し、後継者がどのように引き継ぎ、活用していくかを明確にする必要があります。
例えば、従業員との信頼関係は、企業にとって大きな資産です。従業員が後継者に対して信頼を寄せることができるように、前経営者が従業員と後継者をつなぐコミュニケーションの場を設けることが必要となります。また、技術的ノウハウの文書化を行い、誰が担当しても同じ品質の製品やサービスを提供できる体制を整えることも重要です。
税務上の対策:相続税・贈与税の最適化
事業承継時の税負担は、企業の存続に大きく影響を与えます。特に、相続税や贈与税が経営資源の引き継ぎに負担をかけるため、計画的な対策が必要です。
事業承継税制の活用
事業承継税制を利用することで、後継者にかかる相続税や贈与税の負担を軽減できる場合があります。例えば、非上場株式に対する納税猶予制度を活用することで、後継者が株式を引き継ぐ際の納税を猶予し、企業の資金繰りを安定させることが可能です。ただし、この制度を利用するためには、雇用維持条件や事業継続条件など、一定の条件を満たす必要があります。
株式の段階的な贈与
後継者が一度にすべての株式を相続するのではなく、少しずつ贈与することで、税負担を平準化、または軽くすることができます。例えば、年間110万円の贈与税の非課税枠を利用し、後継者に株式を徐々に移すことで、大きな税負担を避けることができます。また、持株会を設立し、従業員にも株式を持たせることで、企業全体で経営を支える体制を築くことが可能です。
経営の合理化と無駄の削減
承継前の経営基盤を強化するために、無駄を削減し、効率的な経営体制を整えることが重要です。これにより、後継者がスムーズに経営に移行し、企業を安定的に成長させることが可能となります。
コスト管理の徹底
経営における無駄なコストを削減するために、費用対効果の見直しを行います。例えば、オフィスの賃料や光熱費、人件費などを見直し、効率的に削減できる部分を特定しましょう。これにより、企業全体のコスト構造を改善し、利益率を向上させます。
業務プロセスの改善
業務プロセスを効率化し、無駄な手続きを削減することも重要です。例えば、電子帳簿保存法に対応しペーパーレス化を進めることで、書類管理の負担を減らし、作業効率を高めることができます。また、「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」を導入し、繰り返し作業を自動化することで、従業員が付加価値の高い業務に集中できる環境を整えます。
ITシステムの導入
事業承継に際しては、ITシステムの導入も有効です。例えば、クラウド会計システムを導入することで、後継者がいつでもどこでも企業の財務状況を把握できるようになります。また、顧客関係管理(CRM)システムの導入により、顧客との関係を一元管理し、より効率的なマーケティング活動が可能となります。
スムーズな引き継ぎのための関係者との調整
従業員と取引先への説明と関係強化
事業承継を成功させるためには、従業員や取引先の理解と協力が不可欠です。新体制への移行にあたり、関係者に対する適切なコミュニケーションを行うことが重要です。
従業員への説明会の開催
事業承継に対する従業員の不安を解消するため、後継者が主導する形で説明会を開催しましょう。この際、経営者交代の目的や新たなビジョンを明確に伝えることが重要です。また、従業員からの質問に真摯に答えることで、信頼関係を構築します。
取引先への紹介と信頼の再構築
取引先に対しても、事業承継の計画と後継者の紹介を行い、新体制での継続的な取引を確保しましょう。後継者が積極的に取引先を訪問し、顔を見せることで、取引先との信頼関係を再構築しやすくなります。特に長年取引が続いている重要顧客には、直接的な訪問やミーティングの機会を設けることが効果的です。
取引銀行や金融機関との連携
事業承継時には、取引銀行や金融機関への適切な説明と連携が求められます。銀行は企業の財務状況をよく理解しているため、事業承継に際して後継者が取るべき資金調達や財務戦略についてアドバイスを得ることができます。後継者が銀行との面談を重ねることで、金融機関との信頼関係を強化し、承継後の資金繰りの安定を図ることが重要です。
ガバナンス強化のための社内調整
後継者がスムーズに経営を引き継ぐためには、経営幹部や役員との連携が必要です。具体的には、取締役会の再編を行い、新たな体制の中で各役員がどのような役割を果たすべきかを明確にします。さらに、外部取締役の導入によるガバナンス強化や、社内の監査機能を強化することで、透明性のある経営体制を構築します。
ガバナンス体制の整備
後継者が孤立せずに経営に取り組むためには、企業全体としてのガバナンス体制を整えることが重要です。特に事業承継直後は、企業内外からの期待やプレッシャーが大きいため、適切なサポート体制を整えることが求められます。
役員・幹部による後継者支援体制の構築
新たな経営体制を支援するために、役員や幹部が後継者をバックアップする体制を整えましょう。例えば、業務分掌を見直し、後継者が戦略的な意思決定に集中できるように、オペレーショナルな業務を他の幹部が担う仕組みをつくります。
顧問契約の導入
前経営者が顧問として関与することも、後継者にとって大きな支えとなります。顧問契約を結び、具体的な期間やサポート内容を定めることで、後継者は必要に応じて前経営者の知識や経験を活用できます。特に、重要な取引先や長年の顧客に関する情報は、スムーズな事業承継に欠かせません。
社内コミュニケーションの円滑化
事業承継に伴い、社内でのコミュニケーションが疎かになることを防ぐために、定期的な幹部会議やオープンな質疑応答の場を設けることが有効です。これにより、後継者が経営方針や戦略を共有し、従業員全体の理解と協力を得ることができます。
法務面での留意点
事業承継に際しては、法的手続きも適切に行う必要があります。例えば、株式の移転や役員変更に関しては、株主総会の特別決議や登記変更が必要となります。これらの手続きは法律で定められた期限内に行わなければならず、怠ると罰則が科される場合もあります。
また、経営者交代に伴う各種契約の再締結も必要です。例えば、取引先との供給契約や販売契約が経営者個人に基づいて結ばれている場合、後継者名義で再締結する手続きを進める必要があります。これにより、事業承継後も契約の有効性を維持し、取引の継続性を確保します。
事業用不動産がある場合には、所有権の名義変更や賃貸借契約の引き継ぎなど、適切な対応を行うことで、企業資産の管理を確実に行うことが求められます。さらに、万が一のリスクに備えて、リスク移転に関する保険契約の見直しも行いましょう。
承継後の持続可能な成長戦略

承継後の新たなビジョンの策定
事業承継後、後継者には新たな経営ビジョンを策定し、従業員と共有することが求められます。承継直後は、企業内外の関係者が変化に対して不安を抱くことが多いため、新たなビジョンを明確にし、企業の進むべき方向性を示すことが重要です。
従業員とのビジョン共有
新たなビジョンを共有するために、全体会議やワークショップを実施し、従業員の理解を深めましょう。また、具体的な数値目標や取り組み内容を明確にすることで、全員が同じ目標に向かって努力する体制を整えます。
ビジョンに基づく事業計画の策定
後継者は新たなビジョンに基づき、具体的な事業計画を策定しましょう。例えば、新しい製品ラインの開発や市場拡大の戦略を掲げ、成長戦略を明確にします。この際には、外部の専門家を交えた経営戦略会議を開き、客観的な視点から計画の妥当性を検証することも有効です。
新規事業と投資戦略
承継後、企業が持続的に成長するためには、新規事業の開拓や適切な投資が必要です。既存事業の強化と並行して、新しい市場への進出や新たな技術の導入を行うことで、企業の競争力を高めることが求められます。
新規事業の立案と実行
新たな成長分野を見つけ、そこにリソースを投入することが重要です。市場調査を通じて、潜在的な需要を把握し、その需要に応じた新規事業を立ち上げましょう。例えば、既存の技術を活用した新商品開発や、既存顧客向けの新サービスの提供などが考えられます。
投資のリスク管理
新規事業には必ずリスクが伴うため、リスク管理を徹底します。投資の意思決定に際しては、内部評価指標(IRRやNPVなど)を活用し、投資の利益率を客観的に判断しましょう。また、企業の財務体力を超えるような無理な投資は避けるとともに、適切な資金調達手段(例えば、銀行借り入れやクラウドファンディング、第三者割当増資など)を活用します。
パートナーシップの強化
新規事業を成功させるために、外部パートナーとの協力が重要です。例えば、他社との業務提携や技術提携を行うことで、自社の弱みを補強し、より競争力のある商品やサービスを提供することが可能になります。また、ベンチャー企業とのコラボレーションにより、新しい技術やアイデアを取り入れることも考えられます。
承継後のリスク管理とフォローアップ
事業承継後の数年間は、企業が安定して成長するために重要な時期です。この期間には、経営者交代によるリスクが顕在化する可能性が高いため、綿密なリスク管理とフォローアップが必要です。
継続的なフォローアップ体制の構築
承継後も、定期的に経営状況をチェックし、問題が発生した場合には迅速に対応しましょう。具体的には、四半期決算を行い業績レビューの実施をすることで、目標に対する達成度を評価します。また、外部のコンサルタントや税理士などと連携し、経営状況を客観的に把握することも大切です。
リスク管理の強化
承継後のリスクには、経営判断ミスによる経営悪化や従業員の離職、取引先の変化などがあります。これらのリスクを最小化するために、内部統制システムを整備し、リスクが発生した際の対応策を事前に策定しておきましょう。また、企業の主要なリスクを洗い出し、それぞれに対するリスク移転策やリスク回避策を講じることが必要です。
前経営者からの継続的なサポート
事業承継後も前経営者が定期的に関与し、後継者をサポートすることが望まれます。特に重要な意思決定において、前経営者からのアドバイスを受けることで、経営リスクを抑えつつ、より安定した運営が可能となります。このサポート体制は、少なくとも承継後3~5年程度は維持することが推奨されます。
まとめ
事業承継は、中小企業が未来に向けて成長し続けるために避けて通れない重要なプロセスです。本記事で紹介した各種対策(後継者の選定と育成、経営資源の可視化と最適化、関係者との調整、新たな成長戦略の策定、承継後のリスク管理など)は、事業承継を成功させるために欠かせない要素です。
特に、法務や税務の観点からの適切な対応は、後継者が安心して経営を引き継ぎ、企業をさらに発展させるための重要な基盤となります。早期に計画を立て、専門家と連携しながら段階的に準備を進めることで、企業の未来を守り、次世代へのバトンタッチを成功させることができます。
事業承継は一朝一夕には成し得ない長期的なプロジェクトです。ぜひ、本記事を参考に、経営者としての役割を果たし、企業の未来を築いていく第一歩を踏み出してください。
監修者
- 松川 洋平Matsukawa Yohei
- 執行役員 コンサルティング事業本部 第一事業部 部長
1983年兵庫県生まれ。早稲田大学 商学部 卒業。
辻・本郷税理士法人にて、相続・事業承継の税務業務に従事、デロイト・トーマツ税理士法人にて、事業承継のコンサルティング業務に従事する。
2018年に株式会社青山財産ネットワークスに入社し、上場・非上場問わずオーナー経営者に対して、財産の承継・運用・管理の総合コンサルティングを提供している。
- 専門分野
- 企業オーナー向けコンサルティング
- 資格
- 税理士
- 著書
- 事業承継 親の心子知らず 子の心親知らず~19の失敗事例から導く「思い」「理解」「感謝」のない対策の行方~
