2024.11.28
事業承継
IPO準備で見落とされがちな「まさかの相続への備え 」。早期にやるべき3つのこと
顧客情報:IT関連企業、所在地:都内、売上:約100億円、提供サービス:資本政策
経営者は「まさか」の状況に備えることが肝心です。しかし、経済環境の変化を見据えて準備をしている人は多いものの、自身にまさかの相続が起こった時のことまで考えて動いている人はあまりいらっしゃらないのが現状です。上場したら株式を売却して納税資金が確保できる、というのは、実は現実的ではありません。上場を検討中であれば、上場後の「まさかの相続」を見据えて、上場前に準備しておくことが必要になります。

今回、ご紹介するのは、IPO(新規公開株式)を目指す、都内のIT関連企業の事例です。創業社長が進めた対策について解説いたします。


目次
1.上場してからでは遅い、「今しておくべきこと」
 1-1.「相続後に株式が売却しづらい」理由
2.IPO準備期間「N-3期」からの必要プロセス
 2-1.株価の上昇は、次世代に享受させることで納税資金を確保
3.意外と対策されていない「まさかの備え」
 3-1.財産の背景や親の想いを子どもへ伝えていくお手伝いを
4. 「オーナー視点」を取り入れた資本政策の必要性
 課題 
  • 上場しても株式はなかなか売却できない。
    まさかの相続が発生した時の納税資金をどのように確保するのか、
    納税プランを策定する必要がある。
 提案
  • 上場前にオーナーの株式の一部を、次世代の資産管理会社へ譲渡
  • 納税プランの策定
  • 遺言書の作成


上場してからでは遅い、「今しておくべきこと」



30代でIT関連企業を創業し、50代に入ってからIPOを目指し準備を進めているA様。上場前の資本政策について、ご相談にいらっしゃいました。「何を備えておいたらいいか」とお尋ねになるA様に、当社がご提案したのは、まさかの相続を見据えた対策です。

将来の経済環境の変化を想定して、資産運用などで財産を蓄えておくことは一般的でしょう。しかし、特に若い経営者の方が上場される場合、ご自身の相続までは考えていなかったというケースは少なくありません。

なぜ上場前に相続の準備までしておく必要があるのでしょうか。

相続が発生した場合、保有する株に対して株価の半分程度の相続税がかかることが想定されます。

「その時になったら、株式を売却して資金を用意すればいいのではないか」とおっしゃる方も多いのですが、オーナー経営者の方に相続が発生した場合、残されたご家族がその会社の株式を売ることは、実は簡単ではありません。


「相続後に株式が売却しづらい」理由

たとえば、上場時に発行済み株式の70%を保有している場合において、まさかの相続が発生したときは、保有する上場株式の価額の約半分(約35%)の納税資金が必要となります。相続税の納税は、相続が発生してから10カ月以内に行わなければなりませんが、発行済み株式の35%を10カ月以内に売却するということは、現実的ではありません。

10カ月以内に売却により納税資金を確保できない場合には、上場株式を担保に金融機関から融資を受けて納税資金を確保するという方法もあります。ただし、相当程度の株式数を担保に提供する必要があり、返済についても長期間で実施していく必要があり、残されたご家族にとって不安定な状態を作り出してしまいかねません。

では、具体的にどのような方法で対策しておくのがベストでしょうか。当社がA様にご提案したのは、以下の3つです。

  1. 上場前にオーナーの株式の一部を、次世代の資産管理会社へ譲渡
  2. 納税プランの策定
  3. 遺言書の作成
詳しく説明していきます。


IPO準備期間「N-3期」からの必要プロセス


まず重要なのは、準備を始める時期です。IPO準備のプロセスは、申請期を「N期」と呼び、そこから逆算して、直前期は「N-1(エヌマイナス1)期」、直前々期は「N-2期」、直前々々期は「N-3期」となります。

最初に取り掛かるのは、次世代への株式の早期移転。次世代が株主となって設立した資産管理会社へ、オーナーが保有する株式の一部を譲渡します。  この時、資産管理会社の株式の1株を拒否権付き株式(黄金株)とし、オーナーが保有しておくことが重要です。移転の時期としては、N-3期までに終わらせておくとよいでしょう。なぜなら、N-2期以降の株式の売買については、上場時の有価証券届出書に記載する必要があるためです。

株価の上昇は、次世代に享受させることで納税資金を確保

早めに株式を次世代へ移転しておく理由は、もう一つあります。

一般的に、上場株式の評価額は、上場前の評価額よりも高くなる傾向があります。非上場株式であるうちに、次世代に移転しておけば、上場後の株価の上昇については次世代が享受できるというメリットがあるのです。

また、上場時にオーナーが所有する株式の一部を市場で売り出すことで、オーナー個人が現預金を確保することができますので、その資金を元に納税資金対策を実施することもできます。オーナー所有の株式を売却する機会は、それほど多くありませんので、上場時の売り出しはうまく活用されると良いでしょう  。このように、いくつかの対策を組み合わせて、上場前に納税プランを策定しておきます。これが2の対策です。


意外と対策されていない「まさかの備え」



最後の対策は、遺言書の作成です。

遺言書と言えば、どの財産を誰に相続させるかを明記するものですが、そこにプラスアルファで、家族に向けたメッセージを加えておくことがポイントです。

A様のケースでは、「残されたご家族が株式の取り扱いを誰に相談すればよいか」「納税資金をどのように確保すればよいのか」などについて記載しました。

これらは会社の行く末を左右する大事なことであるにもかかわらず、オーナーがまだお若く、お子様も小さいという場合には、そこまで対策されていないことが多いのです。何があるかわからないのが現実です。「まさか」に備えて準備しておくのが安心でしょう。

「対策をしなかったら、自分に相続が起こった時には会社の存続ができなかったかもしれません。まさかに備えておくことで、不安が解消され、上場への思いがより一層強くなりました」

そうおっしゃっていたA様の姿が印象的でした。

財産の背景や親の想いを子どもへ伝えていくお手伝いを

今回のA様もそうだったのですが、株式などの財産を受け継ぐ次世代のお子様が、まだ幼いというケースは少なくありません。幼い内に多額の財産を受け継ぐことには、リスクも伴います。

将来は何が起きるかわかりません。今回の事例のように早期にお子様へ株式を譲渡したケースで、その後お子様との関係性が悪化してしまう可能性も考えられます。そうなってしまうと、関係性の悪いお子様が株式を所有していること自体が、経営上のリスクになってしまいます。親がどのような想いで会社を立ち上げ、会社を成長させてきたのかという背景や、残した財産をどのように社会に還元してほしいかなどの想いも合わせて、子どもに伝えていく必要があるのです。

何世代にもわたって承継しようとされている会社の場合は、一族が大切にしている考え方や一族の歴史を「家族憲章」などにまとめ、一族で共有していくことも大切です。創業したばかりの会社の場合でも、家族間のコミュニケーションを密にすることが重要です。当社ではそのアドバイスもさせていただきます。


「オーナー視点」を取り入れた資本政策の必要性



上場のための資本政策というと、証券会社やIPOのコンサルティング会社にご相談されるケースも多いかと思います。

私どもがお手伝いしているのは「オーナー視点を取り入れた資本政策の策定」です。上場することだけではなく、その先にある相続や納税資金のこと、つまりご家族の未来についての対策もご一緒に考えていけたらと思っています。

担当コンサルタント


コンサルティング第二事業本部
第一事業部 部長
松川 洋平

コンサルティング第二事業本部
第一事業部 部長
松川 洋平
・経歴
大手税理士法人での税務申告業務・相続事業承継コンサルティング業務を経て、2018年に青山財産ネットワークスに入社。事業承継を専門とし、上場企業から中小企業まで企業オーナー向けのコンサルティングに従事。

※役職名、内容等は2024年11月時点のものです。

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